【連載】「中高オール学年一位」の秘訣 ~マイナス思考とプラス思考へ その三~

皆様

いかがお過ごしでしょうか?

マインドセットのお話は今回も続きますが、お気づきの方も多いかもしれませんが、今までに(そしてこれからも)述べさせていただくメソッドというのは仕事やスポーツなど、ビジネスパーソンやアスリートにも共通して発揮することができるものかと思います。

その意味では、この連載記事の内容って別に「受験生向け」、「学生向け」といった一部の方のためだけではないんですね。

実際私が本書を読んでまず最初に感じたことは、勉強や仕事よりもまず、私が趣味で取り組んでいるマラソンやランニングのトレーニングに対する考え方について、とても共通している点が多いな、ということでした。

ということは・・・

「文武両道」ということば、またそこまで硬い言い回しではなくとも「勉強と部活との両立」というのは全く可能、それどころかどんどんやりなさい、というメッセージでもあるのかな、と。

私は中高6年間帰宅部でした。それはそれで一つのやり方だけれども、やはりそれだけでは弱いな、やはり繰り返し申し上げてきているように「メタ認知能力」を養う理想的な方法は自宅の勉強部屋、学校や塾の教室だけでは学びきれないものだなとも思います。

さて、それでは今回はマインドセット4のお話。

本書では3つのテクニックがある、と述べられていましたがそれらをご紹介したいと思います。

一つ目は「『自分のすべてにマル』をつける3ステップ」(237頁)です。

前回の投稿で「リフレーミング」のお話をしたのを覚えてらっしゃいますでしょうか?「リフレーミング」を行う上で、「ネガティブ→ポジティブ」への切り替えを具体的にどうやったらよいか?という点についての解説です。

具体的には

①STEP1 自分が今、置かれている環境のなかで不満に思っていることを書き出す。

②STEP2 それに対して、無理やり、プラスな要素を見出して書き出す。

③STEP3 その後、何か問題が発生したら、再び無理矢理、プラスな要素を書き出す。

というプロセスが紹介されています(239頁)

「自分の身の回りにすべてマルをつけてみる」(239頁)とは、世間でよく言われるような「ポジティブ・シンキング」の究極系のような気がしています。

本書の例でもありますが「自宅で勉強できないタイプ」というネガティブな要素を、むしろ「外で集中できるタイプ」というプラス要素に置き換えて考えてみる。「自習室がうるさくて勉強に集中できない」というネガティブ要素を「ストレス耐性を鍛えられる絶好の環境」とプラス要素に置き換えてみる、などです。

なんだか詭弁のようにも思えます。ですが、それでいい、と本書は言っています。

この話で思い出すのは、私の大学院受験の時の話です。

私の大学の大学院試験は年に二回(夏、春)実施され、進学する学生はたいてい夏の試験で合格し、残り半年の大学生活を楽しむのが一般的です。

しかし私は、なんと夏の試験に落ちてしまいました。つまり卒業式の一週間前まで勉強しなければならない羽目になったのです。

不合格を知った時にはとても落胆しました。自分で決めた道とはいえ、その半年の苦労を想像すると・・・とてもやりきれない気持ちが沸き起こってきました。

友人は海外旅行の話だの、アルバイトの話だの、コンパの話だの、そんな浮足立った話ばかり。単位もすべて取り終え、就職先から内定ももらっているので当たり前と言えばそうですが、その一方で進路が何も決まっていない私は、そうした楽しみを一切捨て、あと半年ひたすら勉強し続けなければいけないという辛い現実だけが目の前に広がっていました。

「他人とは違った道を歩みたい」と子供の頃から思っていた私にとっても、こうした現実は非常に応えました。が、もう最後は腹をくくって「自分の決めた道だから、孤独に耐えて夢を叶えるんだ!」と覚悟が決まったのを覚えています。

その後半年の猛勉強は、単に大学院受験の合格にとどまらず、大学院進学後の研究態度としても大いにプラスに働きました。

大学院進学後からすぐに学内の交換留学のための準備に取り掛かるモチベーションが保てたのも、今から思うと「夏に合格していなくてよかった」とすら思えます。

そしてこの経験があるからこそ「苦労の先に夢がかなう」という成功体験が自らの中に刷り込まれ、だから頑張ろう!という気合がいつも入るのですね。

本書でも述べられているように、これは「無理やり、プラスの要素を探して、マイナス一辺倒にならないようにする。そんな日頃の習慣も、頭のいい人達が持つ『広い視野』を作っているような気がします」(242頁)ということにつながるマインドセットであり、これも一つの「両面思考」を養うための訓練なのだと思います。

 

さて、二つ目は「運に乗れ」(243頁)です。

「運」と勉強とは一見無関係なようにも思えますが、本書によればそれも大いに関係している、とのことです。

運命論者?それともスピリチュアル?そんな話ではありませんのでご安心ください(笑)

ここでいう「運」とは「環境」と言換えられるでしょう。良い家庭環境、良好な親子関係、裕福さ、良い友人に恵まれている、生活に何不自由することもない・・・など、持って生まれた出自は我々各自が多かれ少なかれ有している「運」であり、ある意味では「運命」と言えるかもしれません。

本書でも述べられていますがこの「運」、当然目には見えず、かつあまりにあたり前のことなので私たち自身が自らの「運」に気づいていないことの方がむしろ多い。

ですが、それに気づかず、その運を利用しないのは非常にもったいない、ということです。

どういうことか?

私が子供の頃から羨ましいなとずっと思っていたのは、「東京の子達は、望めば電車ですぐのところに通える予備校がいくつもある」ということでした。

田舎で、進学塾や大学受験予備校など一切なく、近所の町のこじんまりとした学習塾で、先生と試行錯誤しながら受験勉強しなければならなかった、東京の大学の情報も、ましてや東京がどんなところなのかもよく分かっていない先生方が教える指導は、失礼ですが田舎の子供には全くピンとこず、むしろ東京で働いていた両親の方がはるかに多くの情報を持っていたくらいです。そんな中、季節講習で毎日片道2時間近くかけ特急電車で東京まで通っていたのを覚えています。

環境というのは持って生まれたもの、ある意味では「宿命」です。ですからそれは望んだって変えられるわけではない。

だからこそ私は、大学生になって東京に出るようになってから、渋谷のセンター街や原宿などで日がな一日カラオケボックスや喫茶店などで勉強もせず遊び惚ける中学・高校生を見るたびに、非常に腹立たしい思いがしていたのを覚えています。

腹立たしくもあり、ショックでもありました。自分が片道2時間かけて通っていた予備校が、彼らは電車で10分も行けばすぐに、毎日通える。そんな恵まれた環境にあるにも関わらず、です。東京の子が皆が皆勉強しているわけではなく、自分の置かれた環境の良さに気づかない子たちもたくさんいる。そう、私の目からするとまさに「運に気づいていない」人たちだったわけです。『自分の運の良さに気づいていない人間は、将来絶対に不幸になる』(243頁)と漫画『ドラゴン桜』では描かれていましたが、やはり彼らの顛末もそうなのでは、と今では心ひそかに思います。

ですが、こうも考えてみて下さい。

「私のそうした置かれた環境ですら、羨ましいと思っている人間はほかにいないか?」そして、そのように考えると「今の現状でやれることを最大限にやる(やり尽くす)ことこそがむしろ重要なのではないか?」ということです。

例えば、現在社会問題として取りざたされている「子供の貧困の問題」。子供の何人かに一人の割合で、一日三食を満足に摂取することすら叶わない家庭が増加しているそうです。勉強に集中する環境どころか、両親からの虐待を受け、日々安全すらままならない家庭も決して少なくはない。

彼我を比較してどうのこうの、というわけではなく「じゃあ、私の今の現状でやれることをしっかりやろう」「しっかり生き抜こう」と思うことが大切。それがネガティブな中にポジティブを見つけていく原動力にもなる、というのが本書の主張です。

誰かのために勉強するのではなく、もちろん自分のため、自分の将来の夢のために頑張っている。だけれどもそれは、見る人から見たらそれだけですごく羨ましいこと、やりたいと思ってもやれないことなんだよ、という意味では立派に「他人視点」であり、まさに「メタ認知能力」の向上にもつながるわけですね。

 

そして、最後は「『勝者の言い訳』でPDCAサイクルを回す」(247頁)です。

一般に「言い訳」と聞くと、良くないこと、というイメージを持たれることでしょう。

ところが漫画『ドラゴン桜』では、「その言い訳をしろ」(248頁)ということです。

言い訳をすることが良い!?とは?

全く成長と相反することだと思われるでしょうが、それは逆で、どんどん言い訳をしろということです。

ここで注意をしなければいけないのは「言い訳」には二種類、つまり「敗者の言い訳」と「勝者の言い訳」とがあり、後者の「勝者の言い訳」をこそしなさい、ということです。

「勝者の言い訳」とは、本書では「たら・れば思考」、つまり「ミスを修正するための仮説を立て、検証するということ」(250頁)と紹介されています。

そう、私達が普通考えるような後ろ向きの「言い訳」(これこそがまさに「敗者の言い訳」)ではなく、前向きなものであることがお分かりいただけるかと思います。

これは本書でも紹介されているように「PDCAサイクル」を回すうえでは非常に重要な要素なのです。

この「PDCAサイクル」という言葉、仕事でよく使われますね。そして企業の新人研修などでも必ず説明されることで、「Plan(計画)」「Do(行動)」「Check(評価)」「Action(改善)」という4つのサイクルのことです。このサイクルを回すことで業務品質を改善していこう、というのが狙いです。

この考え方を受験勉強や学習プロセスそのものに応用していこう、というのが趣旨です。

このPDCAサイクルで重要なのは、「Plan(計画)」「Do(行動)」よりもむしろ「Check(評価)」「Action(改善)」だとされます。先ほどの「勝者の言い訳」はまさに「Action(改善)」にあたるのは分かると思いますが、では「Check(評価)」は何にあたると思いますか?

これは「成功/失敗の判断そのもの」です。つまり、「失敗した」「上手くいかなかった」ということを客観的に受け止める(理解する)必要がある、ということです。

筆者も述べていますが、これがなかなか難しいことです。

人間は誰しも「自分が失敗した」なんて簡単に認めたくはない、しかしその「Check(評価)」のサイクルを回さなければ次の「Action(改善)」のサイクルに進むことができない。これはなかなか厄介です。

ではどうするか?

その一つの事例として本書は「得意・不得意×できた・できない」マトリクスを再び取り上げ、この中の「できなかった」要素にフォーカスを当て、その原因を考えさせる、というものです。

どういうことでしょうか?

以前の投稿でも紹介したこの「得意・不得意×できた・できない」マトリクスは、自己の現状での能力(学力)を可視化するためのツールでした。第三者から見ても、客観的に「これはできていないよね」というのが明らかになれば、当の本人も「確かにできていないな」というのが把握できるし、受け入れやすいのではないか、という考え方です。

中々受け入れづらいことでも、やはり第三者視点から指摘されることだったり、このマトリクスのようにツールを使って可視化されたものというのは否定しようがない。だから、感情的にならずに比較的受け入れやすいのではないか、と思うのですね。

まあ、一種の「データや数値によって自分を納得させる手段」とでも言いましょうか。

いずれにせよ、卑屈になることが重要、とかを言いたいのではなく、「Check(評価)」のサイクルを正しく回すことで次の「Action(改善)」のサイクルにつなげていくのが狙いです。

こう考えていくと、やはり「失敗を素直に認め、受け入れられる」謙虚さ、性格の良さというのは非常に大切だな、と思うのです。

学生当時の私にも、当然ながらこうした謙虚・素直さというのはありませんでした。大学入試模試でもそこそこ評価は良かったことから、東大模試を受け始めるようになってから急激に判定が悪くなった時に、「問題が悪かっただけ」とついつい言い訳してしまい、「Check(評価)」「Action(改善)」のサイクルを回すことができなかったのです。

やはり「性格の悪い人は成功できない」というのは、こうした理由からも一理あるなと思いました。当時の私にもし会えたとしたら、真っ先に行ってあげたいアドバイスです。

 

本日はここまで。次回は5つ目のマインドセットについてお話していきます!