【連載】「中高オール学年一位」の秘訣 ~マイナス思考とプラス思考へ その一~

皆様

いかがお過ごしでしょうか。

昨日ニュースで富士山の初冠雪が観測されたようで、例年よりもなんと25日も早いとのこと・・・なんだか最近めっきり涼しくなったなあ、なんて私も感じています。くれぐれも体調管理には気を付けて下さいね!

さて、今回から5回に分けて本書第三章の「『マイナス思考』が必要な理由と5つの切り替えテクニック」(209頁~)をご紹介したいと思います。今日はその最初のテクニックについて。

ところで、さっそく「『マイナス思考』が必要な理由」って何?と思われませんでした?

本書の目的は「やりたくないことでも結果を出す」、そのための「マインドコントロール」の重要性とその方法について延々と今まで語ってきましたよね。

ではなぜいきなり「マイナス思考が必要」だ、なんて言い出すのか?

それには訳があります。

最初のテクニックは「なぜ僕らは『歯を磨くように勉強』できていないのか?」(211-218頁)

結論から申し上げると、「継続は力なり」ということです。受験勉強も、そして勉強や何事かを達成するプロセス一般について「毎朝歯を磨くように勉強する習慣を身につける」こと、これこそが最も重要だ、ということです。

誰もがご納得されるであろう、案外と当たり前のことですよね(笑)

継続とは「勉強習慣」「学習習慣」と言換えられるかもしれません。では続けていると何の良いことがあるのか、それはライバルと同じスタートラインに立てると言うことです。

本書でも用いられている例えは「受験」と「マラソン」の比喩。

以前の投稿でも東京オリンピックのマラソンの例えを出しましたが、マラソンは何より完走しなければそもそも順位がつかない。どんなトップ選手でも棄権(DNF)してしまったら、そもそもランクインすらできない。

受験もそれと全く同じだ、というのです

最初は何万人もが東大を受験志望というスタートラインを切ったのに、実際の願書出願、そして当日試験会場に座っている人間はその半数以下。つまり「東大受験というマラソン」を途中で棄権してしまったわけです。

これは何とももったいない話ですが、現実です。

学力が足りず、志望校変更をした場合もあるでしょう。そして中には糸が切れてしまい、受験そのものを辞めてしまった、なんて方もいらっしゃるに違いありません。

少し私の中学・高校時代の友人の話をしましょう。

彼は文武両道で陸上部に所属、私が「中高オール学年一位」そして彼が「中高オール学年二位」の秀才でした。

彼も私も結局浪人してしまったのですが、彼は浪人中に、様々な理由があり受験そのものを辞め、就職することを決めたそうです。今では彼は中古品買取、リサイクルショップのオーナーとして成功を築いていますが、そんな優秀な彼でさえ途中棄権してしまうことがある。

後日彼に理由をそれとなく来てみましたが、「もう糸が切れたみたいに、まったく集中が続かなくなった」と語っていました。

優秀な彼ですらそのようなことが起こり得る。だとすれば我々凡人はそれこそ「歯を磨くように」勉強を日々の習慣として身につけておくこと、それこそがまずスタートライン(志望校の受験会場)に立つための第一歩だ、というのです。

う~ん、そうは言われてもねえ・・・と私ですら思います(-_-;)

想像するに勉強習慣の無い人間がどうやって勉強習慣を身につけるのか、というのはそれだけで非常につらいプロセスだろう、と思います。「三日坊主」なんて言葉があるくらいで、やはり人間はすぐに飽きてしまう生き物。それどころか、無理に勉強をさせようものなら拒絶反応でかえって逆効果でしょう。

だからこそ、以前の投稿で述べたように「内発的動機」の模索や「ゲーム化」といった手法に訴えかけることで、要はあの手この手を使って「勉強を楽しむ」術を身につけてしまった人間が勝ち、ということでもありますね。

そして学習習慣というのは、何も受験に限ったものではありません。学習習慣というのは、実は社会人になってからこそ力を発揮するものだと感じています。

社会人となってから色々なお客様を拝見する中で「優秀な人」「成功している人」に共通する特徴の一つは、この学習習慣にありました。

学習に限らず、何事につけ「習慣化する」ことが非常にうまいのです

毎日の業務多忙な中でもスキマ時間を見つけ、そしてモチベーションを維持する術を知っている人間、こうした人間は安定的に結果を出し、そしてその安定感ゆえに一層周囲の信頼を勝ち得ていく、という好循環を生み出すことに長けているなあと感じました。

少々厳しいことを言いますが、「勉強しなさい!」と言われているようなレベルでは受験は乗り切れません。そこだけは誤解なきようはっきりと申し上げておきたいと思います。

だからこそ受験勉強は、受験を乗り切るための勉強というよりはむしろ「社会人としての基礎学力」を磨くためのものととらえた方が良い、と当塾の方針として常々主張しております。そしてそれこそが「学ぶ意義・意味」であるとも考えています。

そして第二のテクニックは「『コップに半分の水』を東大生はどう見ているのか?」(219頁)です。

この『コップに半分の水』の話、皆さんは聞いたことがあるでしょうか?

そう、コップに半分の水が注がれている、という客観的な状態を『コップにまだ半分の水がある』(楽観)・『コップにはもう半分の水しかない』(悲観)のどちらに見えるか、を答えさせる一種の心理問題のようなものです。

この心理テストのポイントは、自分が楽観・悲観主義のどちらの見方に立っているか、ということだけではなく、本書でも述べられてるように「楽観・悲観両方必要」ということです。

「ポジティブ・シンキング」という言葉が流行り言葉のようにビジネス・シーンでもよく聞かれますね。一見するとネガティブなことも、「裏を返せば~」と考えてポジティブにとらえて前に進んで行く力を得る。これは素晴らしいマインドセットの一手法だと思います。

一方で「ハングリー精神」という言葉も皆さんはご存じだと思います。貧困家庭に育った子供が「こんなみじめな状況から抜け出したい」「絶対に将来は金持ちになってやる」という、いわば反骨精神から猛烈に努力する、これは「ネガティブ」の究極系だと思います。

本書ではどちらもありで、かつどちらも必要だというのですね。

理由は二つ。一つは、3つ目のテクニックとも関連する「バランス感覚」「両面思考」の基礎となるということ、二つ目は「無理してポジティブをネガティブに、ネガティブをポジティブに、切り替える必要はない」という意味での心理的負担の軽減でしょう。

一つ目の「両面思考」「バランス感覚」、これは確かに東大入試では重要だなと思いました。

恥ずかしい話ですが、私は「お前はこうしろ!」「これはXXXなんだ!」「あれはXXXじゃない!」と決めつけ癖のある父の影響を大きく受けてしまい、この両面思考が非常に弱かったと記憶しています。

決めつけが行き過ぎるとイデオロギーや宗教になってしまう。しかし勉強というのはイデオロギーや宗教というのとは全く異なるものです。例えば、現代文の教科書なんかによく出てくる「賛成の人、反対の人に分かれて議論をしてみよう」「賛成の人、反対の人の立場をそれぞれ考えてみよう」なんていう課題がそれです。

母は父親のそうした性格をよく理解しており、そして私の将来を案じてか「物事の見方は一つじゃないんだよ」「違う立場・見方も考えてごらんなさい」とよく口癖のように言っていたのを覚えています。

私はよく母に「それは屁理屈だ!」、高校生になってから一丁前に「詭弁だ!」なんていつも反論したりしていました。成績は良くても、残念なことに私はかなり偏った思考パターンの持ち主だったんですね。

こんな人間が成功するほど、東大入試は甘くありません。

以前の投稿でも「性格の悪い人は成功できない!?」について書かせていただきましたが、東大入試はやはり学力(認知能力)だけでなく、性格や思考パターンといった「メタ認知」についても総合的に問うている問題だなあと感じます。

ガリ便が合格できるのであれば、東大生はひたすらがり勉学生たちだけが集う場になっているはずです。

ですが実際はそうではありません。私がお会いした東大卒の方々も、例外なく「がり勉」というイメージからはかけ離れた方ばかりでした。そして「メタ認知能力」が非常に高い

学生の頃にそれほど気にならなかった「メタ認知能力」の欠如、これは社会人になってから痛感することになりました。

新卒社員や若手で良くありがちな「物事を決めつけて見る傾向が強い」という評価をいただいてしまったのです。そしてこれはある意味では他責とも言換えられるかもしれません。

なぜこうしたものの見方が嫌われるのか?それは「人間の成長をさまたげる」からにほかなりません。

「決めつけ」は高学歴者に強い傾向だとよく言われます。私も身に覚えがあるのですが、ある程度の学歴と年齢を重ねていくと、自ずと「自分の見方/価値観」というものが形成されていきます。

ですがこれが時として大いに足を引っ張ることになってしまう。このため、特定の会社では高学歴者が新卒社員としてむしろ好まれない傾向にあるというのも一理あるかなと思います。

とあるベンチャー企業の就職面談を受けた時のこと。マネージャーから言われた言葉は「君は学歴が高すぎて、うちみたいな泥臭い会社には合わない」と言われたこと出した。

ですが額面通りこの言葉をとらえるのは間違いで、それは「学歴は高いが『メタ認知能力』が低い」ということをそのマネージャーは言いたかったのかな、とも思います。

ベンチャーのように、他人と協力して一から築き上げていくような会社では、どんなに高学歴でも私のような「メタ認知能力」の低い人間は、悔しいかな「使えない社員」というレッテルを張られてしまいます・・・

今から思えば、返す返すもこの「メタ認知能力」の重要性に私が気づいていれば、と悔やまれます。

二つ目の「無理してポジティブをネガティブに、ネガティブをポジティブに、切り替える必要はない」ということ、これは単純に「自分の心の状態/ありのままを受け入れる」ということでしょうか。

ネガティブ思考の人が無理してポジティブ思考に務めることも、またその逆もしなくてよい。

これはかなり気持ちが楽になりませんか?

ただ、そういう努力をしなくてよい、ということではなくここでも「両面思考」の重要性につながりますね。つまり「ポジティブな人はネガティブな人を、ネガティブな人はポジティブな人を受け入れられるような柔軟性(心の準備、余裕)を持っておくべし」という意味でしょうね。

そしてこの能力、というか第三者から見た自身の性格、というのも立派に「メタ認知能力」に通じるところがありますね!

 

というところで今回は以上。

次回は気になる!残り3つのテクニックについてご紹介と解説をしていきたいと思います♪