【連載】「中高オール学年一位」の秘訣 ~勉強を「楽しむ」ということ その三~

皆様

いよいよ9月に入りましたね。今日は防災の日。

職場や学校等では防災訓練や、防災意識の向上に向けた活動が行われている日ですね。日頃から安全意識を高く持つというのはとても大切なこと。教室内外の様々なところを安全点検してみようかと思います。

さて、前回のおさらいから。前回のテーマは「『ゲーム化』のための具体的な3つの目標設定の方法」でしたね。覚えてらっしゃいますでしょうか?

そう、「数値目標」「行動目標」そして「二重目標」でしたね。

これさえつかめれば、今まで何となく、漠然と立てていた目標がよりシャープになるのではないかと思います。例えば

「英語の成績を上げる」

という目標を、

夏までに(行動目標)、英文法とリスニングの点数を最低でも5点ずつ、できれば10点以上(数値目標、二重目標上げ、偏差値を5アップ(数値目標させる。」

なんていう風により具体的で、達成の有無が測定できる目標になります。どうでしょう、これなら「やってみよう!」という気になりませんか?

ですが、これらですら所詮は我々大人たちが子供たちに「押し付けている」ものにすぎません。というか、やる気を出させるために半ば強引に子供に勉強をさせようと仕向けるための、一種の方便でしかないと思っています。

大切なのは、本当に本人が「やりたい」と思うかどうか。

そのためにはやはり本人が「勉強が楽しい」、そうではなくても「勉強で~~をやっているときは楽しい」と本人が楽しまなくては継続せず、結果も望めない。

今日のテーマはそんな「楽しい」の究極のかたち、「ゾーンに入る」ための方法についてお話しましょう。本書の「『楽しむテクニック』を使って『ゾーンに入る』」(64頁)です。

「ゾーンに入る」という表現、スポーツをする時にきいたことがある方がいらっしゃるかもしれません。そう、アスリートが極限まで集中した状態のこと、例えば「ランナーズハイ」なんていう表現をマラソンなんかで聞いたことがある方も多いのでは?

多くのトップアスリートが経験していることで、例えば周りのライバルの動きがゆっくりに見えたり、何時間運動し続けても全く疲労を感じなかったり、ミリ単位でのアジャスト(調整)がいとも簡単にできるようになったり、人間の本来の能力の限界を越えたパフォーマンスが発揮される状態のことですね。

本書ではこれを受験勉強に応用しようという話です。

が、一見すると何とも滑稽な話のように思えます。勉強をしていて「ゾーンに入る」ことなんて可能なのか・・・と。

ですがこうした経験は皆さんにもありませんか?

漫画ならいくら読んでいても飽きない、それこそ休日に一日中部屋にこもって漫画を読んでいて、気付いたら夕飯時になってしまった、なんてことありませんか?

また、これも多くの方がご経験あるのかもしれませんが、「Wikipediaサーフィン」です(笑)

この単語は私の造語ですが、Wikipediaである単語を調べると、そのページの文章中の様々な関連用語のリンクを拾っていって、気付けば2時間、3時間・・・それこそ寝るのも忘れて「あと30分だけ」と思いながら夜が明けてしまった、なんてことありませんか?

Webサイトを作る側もよく心得たもので、閲覧者のそうした心理を逆手にとって、ついつい何時間も画面の前に貼り付けてしまうような技術を使っているのですが、まあそれはそれとして、自分でも驚くほどの集中力が発揮されていると感じたことはないでしょうか?

そう、それを勉強に応用しよう、というのです。

漫画やネットサーフィンなら分かるけど、それを「勉強に」って、なんだかうまい話のように思いますか?ですが現実にそれは可能だと思います。本書でも「非認知能力の中で最強に内発的動機として機能するのは、『楽しむ』という意味での楽観生です」「好きこそものの上手なれで、『楽しい』と感じられることは、「やりたくない」とは考えず、逆に自ら進んで努力を続けることができますよね。」(67頁)と紹介しています。

「漫画を読むように」「ネットサーフィンをするように」勉強をするということ、その根底にはやはり「楽しむ」ということ、そしてのその究極として「ゾーンに入る」ということが大切だと感じます。

ここで私の勉強習慣に照らして少し掘り下げてみたいと思います。

「中高オール学年一位を何で達成できたんですか?」という質問を仮に投げかけられたとしたら、私も本書のように「勉強が好きだったから」と答えるでしょう。

そして残念ながらそれ以外にない、と思っています。

やはり私も人間、というか当時は小生意気な普通の12,13歳の子供です。そんな子供が、単に「親に叱られるのが怖いから」なんていう恐怖心だけで6年間勉強を続けられると思いますか?

応えはノー。子育ての経験がない私にも、これだけは断言できます。

プロフィールにも「父親のスパルタ教育で~~」と書いてはいますが、それはあくまで今まで述べてきた「外発的動機」にすぎません。つまり私自身がどこかで父から与えられた「外発的動機」を「内発的動機」に転換しなおしているのです。

そのきっかけ、原体験は何か?

私の場合それは「プラモデル製作」でした。

ハアッ?と思われるかもしれませんが、どういうことがご説明しましょう。少し長いですがお付き合いいただければ幸いです。

私は子供の頃ガンダムのプラモデル製作、しかも子供が作る簡単なものではなくて、大人が製作するための本格的なガンダム製作にはまっていました。

組み立てるためには詳細な説明書があり、それを読み解かなければなりません。当然小学生には読めない漢字だらけで、何が書いてあるのか、分かるわけがありません。その組み立て説明書をああでもない、こうでもないと色々夢想しながら組み立てていくのですが、次の関門が待ち構えています。

それは「専門の道具が必要だ」ということに気づくのです。

部品の一つ一つを切り取るために最初ははさみを使っていましたが、やがてそれらは「ニッパー」という道具を使って切り取ったほうがよりバリ(部品を切り取った時に残るささくれのようなもの)が少なく、かつ「サンドペーパー」を使ってそのバリを削ればより滑らかな仕上がりになる、なんていうことに気づくようになります。

さらにその「サンドペーパー」にも目が粗い物、細かい物が無数に存在し、番数で言うと例えば10~15番くらいの目の粗さのものがちょうどよい、と分かるとそのサンドペーパーをプラモデル屋に行って探すようになったりしてプラモデル屋に行くのがとても楽しかったのを覚えています。

またある時は、部品の一部がもげてしまってパーツが接続できなくなってしまったことがありました。そんな時に私が何をしたかというと、その部品をわざわざバンダイ本社のお客様センターに郵送で取り寄せたのです。取り寄せには「返信用の封筒」と「郵便小切手」を同封すること、という決まり事も覚え、バンダイ本社の住所を自分で辞書を引きながら書いて送っていたのを覚えています。

部品が送られてきたときは嬉しかったですね。そう、ガンダムをくみ上げたいというその一心で色々なことを学んでいきました。接着剤もボンド糊なんかではなく、大人が使うようなアロンアルファを買ってきて取り組んだりしていました。アロンアルフアで色々失敗もしましたが、良い学びがたくさんあったと思います。もはや子供の遊びの範疇を越えていたのかもしれません。

このガンプラ製作ストーリーを紐解くと、私がいかに「ゾーンに入っていたか」を検証することができるかと思います。

まず「ガンダムをくみ上げる」という極めてシンプルな目標があります。ここでブレない目標がまず立てられます。

そしていざ作業開始!と思って箱を開け、いざ作業を進めてみると、足りない道具があるということに気づく(=問題発生)。そしてその道具が何なのか、どこで手に入るのか、複数あったらどれが一番適しているのか、といったことを自分で調べ、そして見極める作業(=調査し、トライする)が次に発生します。部品の一部がもげる、なくなるなどのトラブルが発生したら、その解決方法を調べ、行動し、実際に解決する(=問題対処と課題解決)。そしてまた次の課題が発生したら・・・というプロセスを延々と繰り返すわけです。

私の記憶では、結局ガンプラを完成させた記憶は残念ながらありません。おそらくあまりにも熱中して勉強をしないので、親に止められたのだろうと思います。ですが私はこの経験を通じて、おそらく人生で初めて「ゾーンに入る」という経験をしたのだろうと思います。要は、ガンプラを完成させることよりも、「ガンプラを組み立てる過程そのもの」より具体的には、次々と発生する課題や問題の解決方法を考え、実践することを楽しんでいたように思えます

ここからは私の家庭環境の話になりますので、一概に皆様のご家庭に当てはめることは難しいでしょうが、一応お話をしておきます。

私は一人っ子で、かつ両親とも共働き、同年代の遊び友達もほとんどおらず幼少期の大半は祖母に育てられたという事情があります。普通なら母親や近所の子供と過ごす時間が多いはずが、私の場合は祖母が様々に私を近所の大人たちと触れさせ、また両親もよく職場に私を連れて行ってくれたことが幸いし、子供と遊ぶよりも大人たちに交じって遊ぶ(遊んでもらう)ということの方が圧倒的に多かったのです。

そんな中で私は「早く大人になりたい」と思うようになり、そのきっかけが「大人の趣味をまねる」ことだったのだと解釈しています。

だから「大人のまねごと」というのは私にとって、「大人」を疑似体験する手段だったのですね。そしてそれがゾーンに入るスイッチともなり、親が止めるくらいまで熱中するようになりました。

こうした原体験があるからこそ、私にとって勉強は「大人の世界(自分が知らない世界)を知るための手段」という意義付けが自身の中でなされ、だからこそ子供の頃の「ゾーンに入る」スイッチが入りやすかったのでしょう

本書でも『ドラゴン桜』の登場人物・水野が自ら進んで勉強に取り組むようになった時の感覚をオセロにたとえて「決まった大きさのボードでプレイするオセロゲームみたいに勉強が思えてきた・・・石を置くたびにボードの色が勢いよく変わっていく・・・その感じがたまらない」(66頁)と紹介しています。

そう、この「たまらない」感覚こそが「ゾーンに入った」時の感覚だと言えます。水野の例でいえば「オセロの石の色がどんどん変わっていく喜び(楽しさ)」、私の場合で言えば「ガンプラ製作で試行錯誤することで課題を解決していく喜び(楽しさ)」といったものがまさに「内発的動機」の核をなすものです。

 

私にそんな「内発的動機」なんて無い、と思われている方もいらっしゃる方もいるかもしれませんが、絶対に人生で一度はこの「夢中になった」経験をしているはず。まずはそれを思い出すところから始めてみると良いのではないでしょうか?

私自身も行った、次のような質問を自分の中で深堀していくことであなたの「ゾーンに入った」経験を突き止めることができるのではないでしょうか?

あなたが好きなこと、好きだったことは何ですか?それはなぜですか? 

あなたが自信や誇りを持てたことは何ですか? 

あなたがこれまで、多くの時間を費やしたことは何ですか? 

④これまでの学生生活の中で、ワクワクして心が躍ったことは何ですか?それはなぜですか?

何てのが質問としては考えられると思います。

当塾でも実施する月一回のキャリア相談会でも、こうした質問をどんどん深掘りし、自分の「ゾーンに入った」経験の本質を突き止めてもらえればよいかなと思います。

「ゾーンに入る」という状態は、それこそ無の境地での出来事ですから自分自身で「あっ、俺今ゾーンに入っているな」っていうのを自覚するのはなかなか難しいものです。アスリートやプロフェッショナルになれば、意識的に自分をゾーンに持っていけるようなマインドセットもできるそうですが、やはり我々のような普通の人間は客観的に第三者から指摘されて初めて「そうだったのか」と気づくことの方が通常でしょう。

当塾ではそうした気づき、すなわちメタ認知も交えながら学習サポートをさせていただければいいなと思っています。

 

本日はここまで。次回は、長く苦しい受験勉強を乗り越えるうえで重要な「成長」の気づきとモチベーション管理の重要性についてお話していきたいと思います。