【連載】「中高オール学年一位」の秘訣 ~「内発的動機」と「主体性」その二~

皆様

さて前回の続きから。

前回の投稿のおさらい、それは「外発的動機」をいかに「内発的動機」に転換させていくか、がポイントだというお話をさせていただきました。覚えていますか?

そして本日はこの「内発的動機をどうやって見つけるか」、そのヒントを一緒に考えていきたいと思います。

「内発的動機」とは、「自分の内側から『やりたい』という思いがこみ上げて取り組むこと」(45頁)と紹介されています。これが勉強するモチベーションになったら最高だろうなというのは、どんな親御様であってもそう思われるでしょう(私もそう思います)。

ですが、そんなにうまい話があるのか?とも同時に思いませんか。そう、それができていたら今頃誰も苦労はしていないよ!なんてお叱りが真っ先に飛んできそうですね(-_-;)・・・

そもそも東大受験のための勉強を、そして受験勉強や勉強一般について、「自分の内側から『やりたい』という思いがこみ上げて取り組む」なんてあり得るのでしょうか?そんなことは、よほど殊勝な心掛けのご家庭のご子息に限られた話なのでは・・・と。

最初に、本書のこの「内発的動機」を理解するのにあたって、マズローの「欲求五段階説」がその理解に役立つかと思いますのでここでご紹介しておきましょう。

マズローはアメリカの心理学者で、人間の欲求には大きく分けて次の5つの欲求があるという説を唱えました。その5つの欲求とは①生理的欲求(生きていくために必要な、基本的・本能的な欲求)②安全欲求(安心・安全な暮らしへの欲求)③社会的欲求(友人や家庭、会社から受け入れられたい欲求)④承認欲求(他者から尊敬されたい、認められたいと願う欲求)⑤自己実現欲求(自分の世界観・人生観に基づいて、「あるべき自分」になりたいと願う欲求、と一般的に紹介されます(※1)。

この考え方、ひょっとしたらマーケティングの分野の「顧客心理分析」なんかで学ばれた方もいらっしゃるかもしれません。今回はこれを「受験勉強」や受験生のモチベーション管理に応用してみよう、という話です。

私の解釈では、内発的動機はその大半がこの五段階欲求のいずれかに属するものだと考えています。卑近な表現をすれば「毎日お腹いっぱい食事がしたい(生理的欲求)」、「貧しい環境から抜け出したい(安全欲求)」、「異性にモテたい(社会的欲求)」、「お金持ちになりたい(承認欲求)」、「名声を得たい(承認欲求)」などです。程度の差こそあれ、これらはいずれも人間の根源的な欲求に基づいた願望です。

私達人間は、だれしもこうした「根源的な欲求」を持っているはず。こうした「根源的欲求」が「内発的動機」の原動力、ベースとなるのですね。そして本書この「内発的動機」と「外発的動機」を接合させることが大切、と説いています。

どういうことでしょうか?

極端な話をしますが、たとえば「東大に入って、モテたい」「東大に入って、見返してやりたい」「東大に入って、『俺は東大生だ』と人前で名乗ってみたい」といった目標設定をする(!)、ということです。

一見するととても幼稚な目標設定に見えますね・・・ちょっとこの受験生大丈夫かな?って思ってしまいそうです(笑)

東大受験生って「官僚になりたいから」「将来の日本を変えたいから」「エイズをこの世から撲滅したい」「世界の貧しい子供たちを助けるための仕事に就きたい」といった、高尚な目標を持った人たちに限った話なのでは、なんて私はいつも思っていました。

ところが漫画『ドラゴン桜』によればそんな必要は全くないのです。むしろ「親のため」「他人のため」といった「外発的動機」によるモチベーションを非常に脆いものと断じ、「自分のため」と思って(=内発的動機によって)勉強をしている人間こそが将来大成功する、と述べています(52-57頁)

そう、目標は高尚でなくて全くいいんですね。少なくとも学生のうちから「社会で活躍する」ことのイメージが具体的にできているかたはごくごく少数、というかあり得ないでしょうから、それでいいんです。

日本をよくしたい、世界をよくしたい、という夢を持っている子供はそんなに多くないでしょうが、逆に「サッカー選手になりたい」「野球選手になりたい」「Youtuberになって人気者になりたい」なんて言う目標はどんな子供でもあるはず。そうした(ある意味では純粋な)動機を外発的動機とリンクさせることが必要です。そして、これこそがまさに本書の最初の肝である「主体性」につながる、というのです。

ちなみに本書では「主体性」とは「自分で目標を立て、前向きに取り組むこと」(32頁)「自分の行動に目標を設定する能力」(43頁)と定義されています。よりかみ砕いた表現として紹介されているのは「『自分はこうしたいんだ』という目標を、どんな形でもいいから立てて、そのために前に進む。自分で決めたことだから逃げないし、もしもやりたくないことだったとしても、一定のところまでは頑張る。そういう状態」のこと(32頁)と紹介されています。これが一番分かりやすいと思います。

もうお分かりですね、ここで言う「目標」とは「外発的動機」ではなく「内発的動機」のことです。そして大切なのは「前向きに取り組む」ことができる目標であることが重要だということです。そして先ほど見たようなマズローの五段階欲求の理解に基づけばワクワクすること、メラメラと燃え上がるようなこと、それこそが重要だということです。

これらの話を私の学生時代の話に落とし込んで考えてみたいと思います。

私にとっての勉強の「外発的動機」とは、まさに父親からの「お前は東大に行け!」というその一言でした。そして「内発的動機」とはどうだったか、それは「中学受験失敗というコンプレックスをはねのけたい」「父親に怒られたくない」「勉強(学力)で皆に認められたい」という願望でした。

中学校一年の頃から「東大に行け!」なんて言われても、正直ピンと来ていなかったのははっきり覚えています。ただ「なんだかとてつもないことに挑戦するのかな」くらいにしか考えていませんでした。本人にはそれを目指そうとする意志どころか、それが何なのかすらよく分かっていない、これは典型的に「外発的動機」ですね。

でも、本書に基づけばそれでいいのです。重要なのはそこから。

この「東大に行け!」というよく分からない言葉を自分の中に落とし込むための、私自身の「内発的動機」が「学年一位を目指す」ということだったんですね。当時の幼い私には「学校でトップになれば、東大に行けるだろう」くらいの漠然としたものでしかなかった。

しかし「学年一位の達成」というのは、年に2回必ず訪れる中間・期末試験という、具体的に差し迫った目標です。「学校のテスト」というのは一番意識がしやすいですね。それこそ毎週(毎日)行われる小テストから始まり、入学当初の最初の半年後に待ち構えている中間試験、そこで一位を取ることこそが私にとってのモチベーションとなりました。

もっともそれですら父親から「こんなレベルの低い学校だったら、学年一位にならなきゃだめだ」と侮辱的な言葉をかけられたことから、その反発心として「じゃあ、実際に取ってやろうじゃないか!」と燃え上がったのが実際のところではあるのですが。

ただそれですら、マズローの五段階欲求に基づけば立派な「社会的欲求(友人や家庭、会社から受け入れられたい欲求)」ですから、内発的動機といってよいでしょう。

「外発的動機」と「内発的動機」との接合については、ここまででイメージは持っていただけたかと思いますがいかがでしょうか。

余談ですが、私も本書を読んで案外と「主体性」って、他人から見たら幼稚な、突拍子もない、笑ってしまうような要素から成り立っているんだなあって思い、意外でした。ですが当時の自分を振り返ってみると確かに「コンプレックスの克服」という、思春期特有の子供っぽい動機に基づいていることが分かり、とても腹落ちしています(笑)

しかしながら、「内発的動機」によって人は動くとは言え、受験勉強とは長く苦しい物。心構えだけでなく、実際に「いかに受験のその日までモチベーションを継続させるか」という継続性の問題が次に必ず現れると思います。

そうですよね、「モテたい」「見返してやりたい」という思いだけで3年間、6年間勉強を継続できる人ってなかなかいないと思います。よほど執念深い人でしょうね(笑)

ではどうやってワクワク、メラメラの気持ちを継続せるかという点については、実は「楽しむ」ということが必要になってきます。次回は本書の「『楽しむテクニック』をつかって『ゾーンに入る』」(64頁)の解説を通じて、「内発的動機」をいかに持続させるか、「楽しんで」行うか、という点について見て行きたいと思います。

※1:「マズローの欲求5段階説とは?各欲求を満たす心理学的アプローチを用いたサービス事例【図あり】」https://ferret-plus.com/5369