2021年大学入学共通試験英語が受験生・予備校に発したメッセージを考える。

事前にあれほど騒がれた今年の大学入試共通試験・英語の問題。例年にない難易度・形式の出題に私自身驚きましたが、同時に嬉しくもあり、また私が昔から考えてきていたことと今回の英語の問題形式がオーバーラップするところも多く、当塾がこれから進むべき道も見えてきたような気がしています。

今年の試験は、端的にどのようなメッセージを受験生に発したのかというと、私の解釈では以下のようにまとめることができます。最初からショッキングなことを言いますが、

今までの「受験英語」は今後すべて忘れて下さい。予備校や進学塾で習っている「テクニック」は、来年以降使えなくなるので全て捨てて下さい。

これからは皆さん一人一人が「自分自身で」英語を学んでいってください。

これからの問題に厳密な「正解」はありません。これからは、皆さん一人一人が「正解」を考えて下さい。

ということではないかな、と個人的には解釈しています。なぜなら本年度試験は、将来完全な記述式試験に移行するための初めての「本場リハーサル」だからです。具体的に私がどの個所からそう感じたかというと、

第一問             
    会話の登場人物は、明らかに大学生だと分かる。          
        →授業内容をまとめたUSBを持ってきて、とは?高校生にそのような習慣があるわけがない。     

第2問B                
    生徒代表と校長との、下校時間をめぐるメールでのやり取り         
        →学生が教員と対等な立場で意見のやり取り(かつ本問では抗議)をする習慣があるわけがない。        
            →   生徒と教員が対等だというのは、大学以上の教育機関でなければあり得ない。

第3問A                
    空港からホテルまでの交通手段          
        →大学生や社会人なら当たり前のように思う内容も、ごくごく一部の学生を除き、こんな経験をする       
        高校生がいるとは思えない。ましてや、問の会話内容にピンとくる高校生が果たしてどの程度いるのか?     

第4問             
    提携している海外の姉妹校から生徒を招くための計画            
        →大学なら提携校は当たり前のようにあるが、高校レベルで海外校と提携している学校などあるのか?      

第6A問                
    明らかに大学レベルの文法・単語・内容であり、かつ内容がマニアック            

第6B問                
    もはや医学部系の英文。少なくとも、平均的な高校生の英語レベルを明らかに逸脱。          

結論としては、大学入試共通試験・英語では「大学入学後」にきちんと使える英語力を身につけているか、が試されているということです。では、こうした英語はどこで学べばよいのでしょうか?

それは、大学でしか学べないのです。問われているレベルが明らかに大学入学後に習うレベル、つまり皆さん一人一人が大学入学後のことを視野に入れ、高校生のうちから、例えばサマースクール等で自ら足を運んで情報取集しなければ太刀打ちできないレベルである。つまり「大学入学後の準備を、一人一人ができる範囲でしておいてください」ということ、そしてセンター試験英語がその「最低限のレベルだ」と言うことです。

こうした問題の出題傾向(難易度ではなく)は、海外でよくみられるような「大学入学に際しての、一般教養レベルを満たしているかどうかを見極めるための試験」のようなタイプの試験に日本の大学入試共通試験も近づきつつある(少なくともそういう路線に舵を切り始めている)とも言え、その最先鋒として英語からその方針が施行され始めた最初の年ということになるのでしょう。

お分かりかと思いますが、ここまでで私は一言も「予備校でしっかり勉強せよ」とも「高校の授業をしっかり復習しなさい」とも言っていません。

もちろんそれらが「重要ではない」とは言いません。しかし同時にもはやそれら「だけ」では太刀打ちができないレベルに間違いなくなるだろう、ということです。

どういうことか?それは「ここから先(生徒一人一人が将来の進路を決める段階)は、あなた方一人一人が、大学で自分の専攻する分野についてちゃんと事前調査をしておきなさい。」そして「学校の先生は(もちろん予備校や塾の先生も)もうあなたがたの将来の進路に対して、面倒は見切れないですよ。」つまり「自己責任で、ここから先は頑張ってください」という、ある意味ではかなり厳しい宣言を、大学入試センターが全国の教職員を代表して生徒たちに突き付けた、と解釈することができます(少なくとも私はそう解釈しました)

そう、もはや予備校や進学塾で教わったテクニックを試験問題にぶつける、という時代は終わったということです。さらに重要なのは「解答を学生一人一人が自分自身で考えなければならない」ということです。とはいえ、試験は4択で正解は一つです。ですが、将来完全記述式になったら正解は一つではなくなる、それどころか「正解」なんてものがそもそも存在しなくなるでしょう。なぜなら、きちんとした論理に基づいていればそれらは全て「正解」だからです。だからそこに至るプロセス、つまり「正しく考えられているか」ということの方が重視されるようになるわけです。

今まで、こうした問題への対策は、一部の国公立大学、難関私立大学の受験生だけが気にしていればよい類の話でした。ところがこれが「センター試験」という、現役の(ほぼ)すべての高校生が受験するような全国規模の試験で導入されようとしている。これは何を意味するのでしょうか。

それは「国を挙げて」正解・結果重視からプロセス重視へと舵を切った、ということです。

なぜか?その一例は、科学技術開発における日本の「基礎研究の弱さ」です。政府は、国を挙げてこの状況を挽回したい、という意図があるでしょう。それはなぜでしょうか?

最近製薬会社のファイザーがワクチン開発の成功を発表したとたんに、雨後のタケノコのように世界各国の製薬会社・大学研究機関らも次々と自らのワクチン開発成功と市場への導入を宣言しました。

しかし、この競争に日本は全く加われておらず、ワクチン開発に成功したという声明発表もできていません(もちろん開発はやってはいるのでしょうが)。その原因は、思うに日本の基礎研究の弱さが、今回のコロナ対策をめぐる開発力(応用力)の差にもろに出てしまった、というのが現状だと思うのです。応用研究(つまり目に見える結果、成果)を過度に重視した結果ともいえるのではないでしょうか。それは日本が(というか日本ですら)、よく言えば二番煎じ、悪く言えば猿真似の国でしかない、という、何十年も前から批判・揶揄されてきている国全体の体質からいまだに脱却できていないという現実を、コロナ禍の現状の中で改めて突き付けられた、鏡に映った己の醜い姿をまざまざと見つめざるを得ない現状に、いい加減にけりをつけたかったからなのでしょう。

誰が?そう、政府が、国のトップが、です。国のトップは、メディアが軽々しく批判するほど馬鹿ではありません。以前から指摘され続けてきたこうした問題を、本気で「ヤバい」と思ったのでしょうね。極端な言い方ですが、このままの教育体制では「国が崩壊する」と危惧したのでしょう。

本来「プロセス重視」は非常に人手もかかり、手間もコストもかかり、明らかに「効率が悪い」。そんな効率の悪い教育でも、将来日本を背負って立つような一部のエリートに対してなら意味がある、と考えてきたのでしょう。だから記述式のような「プロセス重視」の教育方式は国公立や一部難関私立大学受験生に対してはやる意味があった。

ですが、もはやそれは「一部のエリート」だけが身につけておけばよいものではなくなった。つまり「国民全員が」意識を変えなければ将来の事態に対応できなくなる、結果として「国が亡びる」という結論になったのでしょう。

ですが、右向け右で一斉に「プロセス重視」教育に切り替える、というのもまた語彙矛盾のような気がします。つまりそれはだれかが「音頭を取る」ものでも、また全員が「足並みをそろえて取り組む」ものでもないからです。冒頭にも述べたような「一人一人が」足を運んで自分の目と耳で得た情報をもとに「一人一人が」考え、そして「一人一人が」正解を導き出す、というプロセスのあり方そのものが問われているからです。

もうここまで読んでいただけたら、今後も「予備校に通う」なんてことが意味のある勉強方法だとお考えでしょうか?答えは否、ですね。極端なことを言いますが、予備校の先生から「正解」を教わるだけの、そんな学生はもう大学に来ないでください、というのが端的な今年のセンター試験・英語の出題の行間から読み取れたメッセージです。

ではどうすべきか、何を考えてこれからの一年を過ごせばよいのか、そんなヒントを皆さんと一緒に考えていきたいと思います。